身体からのアプローチ《TFT》

「TFTパートナー講座」の講師を務めてくださっている、日本TFT協会理事長・森川綾女先生へのインタビューです。

森川綾女 医学博士・心理学博士・TFT認定トレーナー 日本TFT協会理事長 国連世界人道促進機構「NOHE」人権大使(健康・医療)

――感情を扱うのに、身体に働きかけるのはなぜですか?

たとえば「不安です」という人に、それを身体のどこで感じますかと聞くと、「胸」「喉」「頭」など、人によっていろいろです。
その場所にある圧迫感がなくなるだけで、つらさはなくならなくても、周囲を見る余裕ができます。同じ悲しみでも、少し他のことを考えられるようになります。

私たちの身体にはもともと、自分をよくするためのエネルギーが備わっています。
そのエネルギーの流れである経絡、つまりツボを刺激することで、よくなる力を後押ししようというのが思考場療法(TFT)です。
つらさの中にひたっていると視野が狭まり悪循環になってしまうので、回路を切り替えるような感じです。

――東洋医学みたいですね。

TFTの創始者は、アメリカのロジャー・キャラハン博士。
認知療法の専門家ですが、認知を変えても恐怖で行動できない症例に取り組む中で、東洋医学の活用に行きついたのです。

何か特定のこと・人・状況を思い浮かべたとき、身体のどこかにネガティブなものを感じる、それを「思考場」と呼びます。思考によって作られる、仮想のネガティブ空間をイメージしてください。
ここにアプローチします。
誰かとケンカになりそうなとき、失敗したとき、ショックなとき……わき起こる身体の反応がありますよね。
一連のツボをタッピングすることで、その反応をしずめるのです。

――TFTの手順は、目の下、わきの下、鎖骨下をタッピング、目を閉じたり開けたり視線を動かしたり、ハミングしたり数を数えたり……けっこう複雑ですね。

いずれも、大事なツボを刺激しています。
そして「ハミング」は右脳、「数を数える」のは左脳を働かせているのです。
慣れれば一分もあればできますよ。
いったん身体が手順を覚えてしまえば、慌てた状態でも使えます。

実は私、アメリカでTFTを学んだとき、こんなことやって本当に効くの? と思いました。最初は半信半疑でクライエントに使ってみたら、効くんです。
でも私自身が効果を本当に実感したのは、数年後のことでした。

ある日、自宅に空き巣が入ったんです。
一人で帰宅したら家が荒らされていた――そのショックとパニックの中でTFTのタッピングをしたら、動揺がスーッと治まりました。何をすべきか考える余裕ができて、冷静な対処行動がとれたんです。
自分の力で事態を乗り切れたことで、ショックや恐怖を長く引きずらずにすみました。

――TFTは実際に、どんなふうに使われていますか?

たとえばスクールカウンセラーや養護教諭など、子どもを支援する立場で使っている方もおいでです。
大きな利点は、言葉での説明が必要ないことです。
子どもがふさいでいるときに、「ちょっと一緒にトントンやってみようか」と声をかけます。まずは身体から嫌な感じを抜いて落ち着いてもらってから、「何があったのかな?」と話を聞くこともできます。

子どもは、起きたことのインパクトを直接かぶります。
大人だったら「あの人は今日、イライラしているから、あんな言い方したんだな」と客観視できても、子どもには難しい。
処理できないつらさはためこまれます。そのときどきのつらさを手放しておくことは大事だと思うんです。

大人の場合、ストレスへの不健康な対処がクセになっている人は多いですよね。
むしゃくしゃして甘いものを食べるとか、アルコールやギャンブルで憂さを晴らすとか。
ストレスを感じたときにタッピングという手順を入れることで、不健康な行動パターンに直結するのを防げます。

実は私、東日本大震災のときに被災地に支援に入って、痛感したことがあるんです。

――それはどんな……?

多くの人は専門家に助けを求めない、ということです。
日本には、つらさを言葉にするのを恥とする文化があります。
カウンセリングという方法は、アメリカの「話したい」「主張したい」文化の中で発展したものですが、このやり方にはのれない人が多いと、改めて思いました。

外に出せないつらさはどうなるかというと、身体にたまっていったり、自分を傷つける行動になったり、家族に向かったりします。

多くの被災者がつらさを内側に向けていた中で、整体チームの人たちの活躍は印象的でした。身体をほぐすことで、心がほぐれるんですね。

TFTはそれまで専門家向けの講座で普及を図ってきましたが、一人の専門家ができることは限りがあると改めて思いました。
この技法を、自分のため、周囲の人のために使える人が増えたら……ということで「TFTパートナー」講座をスタートさせたのです。
パートナー講座を通じて、身体を通じたセルフケア、身近な人へのケアを広めていけたらと思います。
(季刊『Be!』120号より)